八木清

Silat Naalagaq〜世界に耳を澄ます

2015.1.9(金) − 2.28(土)
Photo Gallery International

八木清

Silat Naalagaq〜世界に耳を澄ます

2015.1.9(金) − 2.28(土)
Photo Gallery International

  • ©Kiyoshi Yagi

  • ©Kiyoshi Yagi

八木清は、15年以上にわたってグリーンランドやアラスカの厳しい極北の地で自然と共存するエスキモーやアリュート、イヌイットの人々の生活様式、独特の文化や自然風景を撮影しながら旅を続けています。

 

本作タイトルの「Silat Naalagaq(シラナーラガ)」はグリーンランド北西部のイヌイットの間で日常的に使われている言葉で、直訳すると「天気が親分だ」という意味を持ちます。

 

極地で狩猟や漁、特にアザラシやセイウチ、鯨類などの海洋動物を主に獲って暮らす彼らにとって、天候の変化は死活問題であり、一度天候が荒れれば数日間、酷ければ数週間、狩猟や漁に出かけられなくなることは珍しいことではないそうです。

 

写真集のタイトルにもなった「sila」と言う言葉には、天気や気象の意味の他に「外」「空気」「大気」「世界」「知性」「知恵」等の意味があり、 また古い時代には「大気の精霊」の名でもありました。写真家として極北の地に暮らす人々と、彼らを取り巻く自然と対峙することは、すなわち厳しさ、豊かさ、美、儚さ、叡智といった目には見えないものの在り様を、人々の顔や自然の光景を通してネガに写し取ることです。長い時間をかけて誰かの手になじんでいったのであろう古い道具や、深い皺の刻まれた顔貌、距離感がわからなくなるほどの壮大な風景。それら被写体を通して八木はまさに世界に耳を澄まし、「大 気の精霊」の存在を見ていたと言えます。

 

極北では有史以前から様々な文化が生滅し、そして融合し、いまでは知る由もない神話の世界が綿々と営まれてきた。人の気配など微塵もないツンドラの原野には、植生に被い尽くされ風景の一部と化した廃墟がいまなお残る。山の斜面に無造作に置かれた岩と岩の影に見え隠れする地衣類が生した骨は、それが原初の墓であることを物語る。ツンドラを吹く風には、はるか遠いむかしにユーラシア大陸からわたってきた人々の軌跡と鼓動が、仄かながらも息吹いているのだ。

旅をとおしてかいま見る生の営みは厳粛であり、普遍の真実に触れているという感触を与えてくれる。しかし、カメラのピントグラスの向こう側に見るのは、麗しい光景だけではなかった。テクノロジズムへの妄信を本源とする急進的な文明の波から、もはや極北の地も免れえないという現実である。家族や共同体という核が急速に変質していくことは、歴史と伝統から紡がれてきた「知恵」が日常のさまざまな場面から追放され、忘却されてゆくことでもある。「生と死」という人間の本来性にかかわる問いは、今日において、宗教や信仰の場においてだけで解決しうるものではなく、まして科学の力をもって解決できるものではない。狩猟を基盤とする生活は、そんな根源的な問いをもっとも身近に体験し共有できる原初の生活形態なのだ。

時として、美しさや儚さ、厳しさという観念さえ超越した様相をあらわす世界に、私は言葉を奪われ、沈黙するしかない。しかし、時代の運命をみつめながらも、極北の風景にいまなお残る歴史と記憶をたどる旅を続けていきたい。その途が未来への展望としてつながり、いまをどう生きるか、そして己の生をまっとうすることの意義へと通じるであろうからだ。(八木 清)

 

1994年から2012年、ほぼ毎年通った場所から約2年遠ざかることは「創作、写真とは何か」「世界とは何か」「存在とは何か」という問いを改めて考えるきっかけとなり、「思想的な熟成期間になった面があるように感じている」と語っています。

 

撮影の現場では、プリントにどう仕上がってくるかと言うことを考えて撮っていると言う八木にとって、持ち帰ったネガをプリントに仕上げることは「撮影していた当時の自分まで遡及して現在の自身のあり方を思い返すことでもある」と語っています。今回、未発表も含めた本作を発表することは、今までの撮影のひとくぎりであるとともに、もう一度新たな気持ちでsilaの世界へ赴くためのひとつの完結の作業でもあります。

 

本展では1994年から2012年にかけて撮影した中から、アナログで拡大ネガを作成し、大判のプラチナプリントを制作、それらに未発表作品を含めた20余点を展示いたします。

八木 清(やぎ きよし)

1968年長野県生まれ。1993年アメリカ、アラスカ州立大学フェアバンクス校ジャーナリズム学部卒業後、写真家水越武氏に師事。1994年から極北の先住民族エスキモーとアリュート、そして彼らを取り巻く自然の撮影を始めた。
2004年日本写真協会新人賞受賞。2005年準田淵行男賞受賞。

個展「極北の家族~エスキモーとアリュートの肖像~」アイデムフォトギャラリー ・シリウス(2005年 東京)、「エスキモーとアリュートの肖像」フォト・ギャラリー・インターナショナル(2006年 東京)、「極北への旅1994-2007」フォト・ギャ ラリー・インターナショナル(2007年 東京)、「sila」フォト・ギャラリー・インターナショナル(2011年 東京)
グループ展「グレイト・スピリット:カーティス、サルダール=アフカミ、八木清の写真」清里フォトアートミュージアム(2011年 山梨)