川田喜久治

日光 - 寓話 NIKKO - A Parable

2011.5.10(火) - 6.25(土)
Photo Gallery International

川田喜久治

日光 - 寓話 NIKKO - A Parable

2011.5.10(火) - 6.25(土)
Photo Gallery International

  • ©Kikuji Kawada

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「日光−寓話 Nikko −A Parable」と題し川田喜久治による新作展を行います。

 

徳川家康を神格化した東照大権現日光東照宮を有する栃木県日光市。そこには緑深い森や空から落ちてくるような華厳の滝、毒々しいまでに鮮やかな色彩を放つ紅葉があります。そして東照宮には龍や麒麟などの幻獣が棲んでいます。
東照宮は、1933年、ナチスに追われたドイツの建築家ブルーノ・タウトに桂離宮と比較され「華麗だが退屈」と酷評されます。ヨーロッパの近代的な感覚にとって野蛮で俗悪の象徴として映ったのかもしれません。
しかしその半世紀ほど前、イギリスの女性旅行家イザベラ・バードは「西洋の美術のルールを一切無視し、その美しさで社殿を囚われ人のように封じ込め、これまで知らなかったかたちや色の組み合わせの美しさを認識させる」と書き、その独創性を絶賛しています。

 

東照宮について川田喜久治は「その構成はルネサンスの永遠を希求する均整の調和とは違い、流動性と過剰な装飾、気まぐれと眼の悦びをもとめるバロックの空間に近いのだが、特有の日本の確たる美となっている。」と語っています。そしてヨーロッパ近代建築と対比して「近代の機能主義的で無駄のない空間も捨てがたいが、心理的な深淵が見え隠れしているような造形に心が動いていた」と言います。

 

衝撃的なデビュー作「地図」から抱き続けてきた都市と反都市という逆説のテーマは、ラスト・コスモロジーに「ゼノン(パラドックスを唱えた古代ギリシアの自然哲学者の名前)」というサブタイトルを冠した「ゼノン ラスト・コスモロジー」展(P.G.I.芝浦、1996年)を経て、2001年の9.11事件によって決定的なものとなります。そして前作「ワールズ・エ ンド」で都市を撮ったシリーズのトータルな形としてひとまずの終止符を打ちました。
川田にとって日光に在るカオスは、建築という存在を超えて精神を司る一つの宇宙としての塊であり、世界の始まりと終わりを体現しているように映るのかもしれません。都市を撮影しながらその崩壊と再生を描き出す「ワールズ・エンド」と緊密に呼応していると言えます。

 

作者は「激烈な装飾の語る何ものかがテーマになるだろう」と1982年から3年間日光を撮影しました。しかし物足りなさを感じたことと、見る角度を変えたいという思いから2010年また日光に通います。そこには「寓話というリアリティ」というパラドックスがありました。川田喜久治の写真となった日光の寓話は、写真というリアルな幻想の中に「装飾の帝国」として浮かび上がります。

川田 喜久治 (かわだ きくじ)
1933年茨城県に生まれる。 1955年立教大学経済学部卒業。新潮社に入社。『週刊新潮』の創刊(1956年)より、グラビア等の撮影を担当。1959年よりフリーランス。「VIVO」設立同人(1959〜61年)。主な個展に「ラスト・コスモロジー」タワー・ギャラリー(横浜 1995年)、「ゼノン ラスト・コスモロジー」フォト・ギャラリー・インターナショナル [以下 P.G.I.](東京 1996年)、「カー・マニアッ ク」P.G.I.(東京 1998年)、「ユリイカ 全都市」P.G.I.(東京 2001年)、「川田喜久治展 世界劇場」東京都写真美術館(東京 2003年)、「地図」P.G.I. (東京 2004年12月-2005年2月)、「川田喜久治写真展 Eureka 全都市 Multigraph」東京工芸大学 写大ギャラリー(東京 2005年)、「見えない都市」P.G.I. (東京 2006年)、「川田喜久治展 ATLAS 1998-2006 全都市」エプサイト (東京 2006年12月2007年1月)、「遠い場所の記憶:メモワール 1951-1966」P.G.I. (東京 2008年)、「ワールズ・エンド World’s End 2008-2010」P.G.I. (東京 2010年)がある。