川田 喜久治

2011 − phenomena

2012.9.4(火) - 10.31(水)
Photo Gallery International

川田 喜久治

2011 − phenomena

2012.9.4(火) - 10.31(水)
Photo Gallery International

  • ©Kikuji Kawada

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川田喜久治は、敗戦という歴史の記憶を記号化するメタファーに満ちた作品「地図」を1965年に発表し、以来現在に至るまで、常に予兆に満ちた硬質で新たなイメージで私たちの知覚を刺激し続けています。

新作となる「2011 – phenomena」は「その時・この場所」で撮影することにこだわり、都市とそこに生きる人間が相互に影響を及ぼしながら紡ぎ出す時代の空気を写してきた川田が、2011年3月11日以降の都市に現れた「phenomena(現象:人間界や自然界に形として現れるもの)」を写した作品です。

東日本大震災、それによる福島第一原子力発電所の事故は私たちにとって忘れることのできない大きな出来事となりました。作者のベースである東京も、東北地方の被災地に比べ実際の被害は少なかったものの、この震災をきっかけにその性格を大きく変えました。

 

都市の瓦礫のなかにはネガとポジが散乱する。隠れた存在の秘密を探すには残された写真を手がかりにしなければならない。

写真の影がいう。
ぼくは現場に立つことを第一としてきた。チェルノブイリもチベットの焼身自殺も目撃した。極限の肖像はみな崇高だった。写真から隠れたヴィジョンを探しはじめると映像の魔術に酔い、合法麻薬みたいに本来の陶酔力が弱くなるのを忘れてしまう。

影は姿を変えた謎だ。
ネガとポジはひとり謎の深海におりるための命綱だ。ことばがマリンスノーと一緒に降ってくる。イメージがガラスのようなエビと現れる。現象から光る星を探そうとする。星が流れないうちに影と一緒にとらえようとする。

電子的なモンタージュもいくつかの偶然を見つけるための方法だ。暴力も犯罪も、独裁者が顔を変えているのもネガとポジは囁いてくれる。ぼけた写真、ぶれた写真もさらに謎の周辺を知らせている。

川田喜久治 
(P.G.I.レターより抜粋)

 

今作は<影の中の影><March Moon & Black Sun><V.I.P.><Chaos phenomena>の4タイトルで構成されています。

影や天体、サイバー空間から送られてくる映像、具体的な表情を持った顔や場所などといったモチーフは、撮影とプリントという一連の流れを経て抽象的対象へと異化され、「目に見えない実在(reality/どのようであるか)とはいったい何であるのか?」を私たちに問いかけてきます。

 

川田 喜久治(かわだ  きくじ)

1933年茨城県生まれ。 1955年、新潮社に入社。1959年に新潮社を退社しフリーランスとなる。奈良原一高、東松照明、細江英公、佐藤明、丹野章らと共に写真エージェンシー「VIVO」(1959-61年)を設立。

敗戦という歴史の記憶を記号化するメタファーに満ちた作品「地図」を1965年に発表し、以来現在に至るまで、常に予兆に満ちた硬質で新しいイメージを表現し続けている。

自身の作品を「時代の中の特徴的なシーンと自分との関係をとらえて表現し、その時の可能な形でまとめ上げ、その積み重ねから一つのスタイルが生まれてくる」と語る。近年はインスタグラムにて写真への思考を巡らせながら、日々作品をアップし続けている。

 

PGI Exhibitions

2019年 影のなかの陰
2018年 ロス・カプリチョス –インスタグラフィ– 2017
2016年 Last Things
2012年 「2011-phenomena」
2011年 日光-寓話  NIKKO – A Parable
2010年 ワールズ・エンズ World’s End 2008-2010
2008年 遠い場所の記憶:メモワール1951-1966
2006年 見えない都市
2004年 地図
2001年 Eureka 全都市
1998年 「カー・マニアック」
1996年 「ゼノン-ラスト・コスモロジー」
1986年 「ロス・カプリチョス 1970-1980」
1984年 「ヌードミュージアム」