「Diary: 平本成海」 清水裕貴

2021.9.6(月)
清水裕貴 書下ろし 短編小説
Interview

「Diary: 平本成海」 清水裕貴

2021.9.6(月)
清水裕貴 書下ろし 短編小説
Interview

 

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「Diary: 平本成海」    清水裕貴

 

2020/10/30

八千代の森に刻々と冷たい夜が落ちてくる。ニュース番組のアナウンサーは今年一番の寒さと言っているけれど、明日や明後日はもっと寒くなるのは誰にとっても明白なことで、今日しか成立しないニュース。セブンイレブンに寄って千葉日報と煙草を買う。

 

千葉日報の記事はほとんど読んでいないが、内容のメモは取っている。そう言うと、男に「メモが書けるということは、記事を読んでいるということではないのか」と言われた。

 

記事を読むことと、メモを書くことは完全に分離している。なぜなら書いている瞬間は自分が生み出す文章にしか視線を注いでいないから。

観察とデッサンにも似ている。どんなに懸命にモチーフを見ていても、描く瞬間は自分の手元しか見えない。数秒前の記憶を現在の視界に重ね合わせようとする時、必ず現実とのズレが生じる。それが重要だ。しかし男に説明するには少々長すぎるので、斜めに頷いてやり過ごす。

 

今日の千葉日報で一番気になったのは、幕張のホテルニューオータニのクリスマスディナーコンサートの広告だ。誰だか知らないけど、燕尾服を着ている人の写真をスキャンしてPhotoshopでコピーする。

 

 

2021/1/3

三が日は初詣にも行かずにずっと家の中にいる。

 

イヌワシのために木を伐採する環境保護活動の記事が千葉日報に掲載されている。放置された人工林は過剰に葉が生い茂っているため、イヌワシが餌となる小動物を上空から見つけられないらしい。これは小動物が正常に捕食され、イヌワシが生き残るための伐採だ。

 

人工林の写真を切り取ってコピーを繰り返し、テクスチャを変更すると、人の姿も鳥の姿も見えなくなる。森の原形は、夕暮れの窓硝子に映った反射像のように僅かに感じられる。

 

夜に男から電話がかかってきて、少し会おうという約束をする。少し、というのがどういうことなのか、解釈はお互いに曖昧なまま。

 

 

2021/2/9

千葉日報は時々フォトコンテストを開催しているが、審査員が誰なのか不明だ。様々な人間が権力を誇示するコンテストではなく、素朴な街の掲示板のようなものなのかもしれない。しかし新聞に載るとどうしても権威は生じるだろう。

 

いくつかの写真を切り出して、テクスチャを操作して合成し、不自然な遠近感の空間を作り出す。

 

©Narumi Hiramoto  

 

 

2021/2/12

19時半からウォーキングをして、巨大なリサイクルショップを二軒回る。特に買いたいものがあるわけではなく、日没後も開いている店がリサイクルショップくらいしかないからだ。

 

森はとても暗くて重苦しい空気で満ちている。黒々とした土の地面から冷気が這い上がって、足の血が凍っていく。そのおかげで感覚が鈍くなり、かえって歩くのが楽になった。

私の存在している空間自体が、ふわりと浮かび上がってなだらかにカーブしている。

今日読んだ新聞の内容についてはさっぱり覚えていないし、メモも取っていない。泥のように眠る。

 

 

2021/3/1

人工衛星の中に「宇宙寺院」を建立するという記事を見つける。地上の参拝者の願いを衛星に転送すると、小さい箱の中に入っている正体不明の何者かが宇宙から祈願してくれるらしい。

いいニュースだ、と思いながら上機嫌にスキャンしてPhotoshopを立ち上げたら、男から電話がかかってきた。

 

男は今日、大規模な化石の展示を見に行ったらしい。「大規模」とはどの程度の規模なのかと聞くと、男は「五百」と言った。それが化石の数として多いのか少ないのか分からない。埋まっている数に比べたらかなり少ないけれど、博物館に並べる数としては多いような気もするが、百というのは意外とあっという間に達する数で、それを五つ繰り返したところで、果たして驚くほどの成果だろうか。

 

私が首を傾げていると、男は不機嫌そうに「新聞に載っていたから、大規模と言っていいだろう」と言った。

紙面に載せられる文字数とその日の出来事の多寡によって、ほとんど意味のないニュースが生じることもある。

 

 

©Narumi Hiramoto  

 

 

2021/4/18

千葉日報の文学流星群という連載は、文筆家を毎回一人ずつ取り上げて、その人生について語っている。44回目は永山則夫。1968年に連続射殺事件を起こした死刑囚だが、獄中で自身の人生を振り返る小説を執筆して文学賞も貰っている。

 

現代に生きる私からすると浅はかで凡庸な犯罪者としか思えないのだが、当時は、急激に資本主義に飲み込まれた社会の「歪み」を象徴する存在としてもてはやされたらしい。永山則夫をテーマにした映画が製作されたり、映画人や写真家を巻き込んだ風景論争に発展したりした。

 

永山則夫の小説は読んだことがあるけれど不愉快だった。

今だったら映画なんて作られないだろう。

 

今日は全く家から出ていない。ネット銀行の口座を開く。

 

 

2021/4/27

今日は文化庁の補助金を使うために三時間歩き回った。セブンイレブンとファミリーマートと電気屋に寄る。家に戻ると、ドアノブに小さなビニール袋がぶら下がっていた。中に入っていたのは煙草と経口補水液と「今日は柱を使う」というメモ。男が訪れたらしい。

 

千葉日報の紙面には時折グラデーションの素敵な仕切り罫が現れる。これを柱にしようと決めて、切り抜いて、Photoshop上に存在する純白のカンヴァスに置く。

 

 

2021/4/30

小さい町のニュース番組の仮設背景の中に、この人たちはあたかも同時に存在しているように見えるけれど、実は違う時代に生きていて、違うニュースを読んでいる。ニュースに人生の時間を捧げた人たちは永遠に時間の歪みの中にいる。

 

男から電話がかかってくる。なにやらひどく苛ついていて、わあわあ喚いている。私への文句かと思ってよくよく聞いていたら仕事の愚痴だったり、たまたま通り過ぎた駅員に向けた罵声だったりして、支離滅裂だったが、一時間ほど辛抱して話を聞く。

かち、と明瞭な音を鳴らして時計の針が12の数字に移動した。その瞬間、男がぎゃあと叫んで「もうこんなに時間が経っている!」と言った。「お前が俺の時間を奪った、一時間も!」と言った。奪われたのは私の方なのに。

 

煙草が切れたから買いに行こうかと思ったけれど、外はもう真っ暗だし、なんとなく怖いからやめておく。

 

 

2021/5/1

自動車会社が作った未来都市のCGを切り貼りする。

今日は集中して作業をしたいから、電話の電源は切った。細かく作り込んで、決して集中して視線が集まる箇所を作らないように腐心する。暖かくなってきたせいか、獣の声がうるさい。車の音がごうごうと夜空に響いて、風の音と混ざって、巨大生物の今際の際のうめき声のようになっている。

その中に、どこか間の抜けた、不規則なリズムの音も混ざっている。それはだんだんはっきりした声になって、「形を、作るんじゃない!」と言っているのが分かった。男がすぐそこに来ている。

 

 

2021/5/10

この架空の平面が、現実に存在する紙や布に見えるように集中して作業する。ありもしない素材の質感を出すために、なるべく意味のない作業を即興的に、熱心に、無心で行う。グラデーションの柱だけが唯一の指標だ。

 

 

©Narumi Hiramoto  

 

 

2021/5/14

バスケットボールの広告に載っていた千葉ジェッツの監督の背中は美しい形をしている。

半日かけて床のテクスチャを作った後、二時間歩いてファミリーマートに行って煙草を買った。すると、軒先の喫煙スペースが通販会社の宅配便ロッカーになっていて、ひどく落胆した。家に帰って一時間だけ眠る。

 

 

2021/5/18

千葉日報を開いたら、交通事故の講習会の写真を見つけた。事故の再現の為に故意にぶつけられた車はなんだか異様に型が古い。新聞社はしばしば同じ写真を使い回すので、とうに過ぎ去った、うんと遠い過去の光景なのかもしれない。

ニュースは決して過去を使いまわしてはいけないが、写真に関してはさほど厳密ではない。

 

カッターマットを撮影してPhotoshopで合成していると、男は「ここには厳密な碁盤目が必要なんだな」と、分かったように言った。彼はカッターマットの本来の役割を知らず、正確無比な正方形の存在を示すためのものだと思っている。

 

 

©Narumi Hiramoto

 

 

 

2021/5/30

今日の文学流星群は中上健二だ。酒乱で、暴れん坊で、埴谷雄高に「6億円俺によこせ。お前を殺してやる」と言った、というエピソードしか知らない。彼の小説は読んだことがない。珍しくきちんと最後まで記事を読んだけれど、なぜ「6」なのか、ということは分からないままだった。

 

ドンキホーテに寄って煙草を買う。煙草は依存するのが怖いからまとめ買いはしない。

 

 

2021/5/31

作業にかかる時間は毎日一時間半くらいだ。そう言うと、男が「千葉県在住の会社員の平均通勤時間と同じ」と言ってにやりと笑った。

「県境をまたいで都心に働きに行く人が多いから、やや長い」

毎日、自分の人生から奪われても病気にならないぎりぎりの長さなのだろう。

 

蛍を愛でている子供の写真をスキャンして、蛍を消す。手は審美的な雰囲気になりやすいモチーフで、本来なら注意が必要なところだが、今日は私を慰めるために美しいままでいいだろう。

 

 

2021/7/11

千葉の広報大使を募ったコンテストのファイナリストたちの肖像を眺める。広報大使という存在の趣旨が分かりにくくて理解に時間を要したが、見た感じの雰囲気から察するに、要はかなり古風な美人コンテストである。

 

数十人の女たちの顔写真が円形にトリミングされてずらりと並んでいる。円は欠けるところのない完全な形として祭具の中で大きな役割を担う。顔を切り取る鏡もまた、しばしば円形になる。鏡は円形になることで、その不気味さや不吉さを少し和らげるかもしれない。鏡が円形だと合わせ鏡を作りたくならない。

 

 

2021/7/13

これは過去と現在の喫煙者を比較した煙草の広告だ。いまどき煙草をはっきり写す広告は珍しい。何故なら、事業者やよく分からない社団法人、国際団体が自主規制を強いているからだ。煙草の広告は、消費者が喫煙するかどうかの「意思」に影響を与えてはならない、という規則がある。広告の概念を覆す規則だ。

煙草会社は「一般に流通する印刷出版物において煙草の広告は原則として行いません」と宣言しているのだが、千葉日報は千葉の限られた地域でしか発行していないので、どうにか実現したのだろう。千葉は一般ではないのだ。

 

 

2021/7/15

Photoshopの最新バージョンは解像度を上げる機能が劇的に向上している。存在しないはずの細部を、周囲の質感から想像して、現実らしく補完していくのだ。

しかし新聞をスキャンした画像は、網点が邪魔してうまく補完できなかった。現実らしい振る舞いとはかけ離れた、奇妙に間延びした、真夏の悪夢のような質感だ。今日は熱帯夜になる。

 

作業を終えた後に、二時間歩いてセブンイレブンとファミリーマートを回った。街路樹の影に隠れながら、私を尾行している男の姿がちらちらと視界に入り込む。どうにも鬱陶しくて振り返ると、森が黒々とした大きな手を広げて、私に覆いかぶさろうとしていた。

 

 

2021/7/22

意思のある曲線を幾つか描いて、私の手は液体になった。モニターの前で溶けていたら、男が「ギャラリーに行かないと」と言った。もうすぐ始まる個展のために、プリントを納品しなくてはいけない。

 

千葉から電車を何本も乗り継いて麻布十番に降り立つ。瀟洒なビルの合間に赤い東京タワーが覗く、おそろしく都会的な風景だが、狸の穴という名前がついた公園がある。ここも昔は獣が住み着く森だった。どこかに埋もれている木々と古い土が湿気を孕んで、おそろしく蒸し暑い。

 

気づいたら、男が公園の噴水の中で溶けている。男は「高橋さんとの待ち合わせに間に合わない」と言って焦った顔をしているが、いつまでもぐずぐずと噴水に沈んだまま。私は男を放っておいて、一人でギャラリーに向かった。