川田 喜久治

影のなかの陰

2019.5.29(水) - 7.5(金)
PGI

川田 喜久治

影のなかの陰

2019.5.29(水) - 7.5(金)
PGI

  • ©Kikuji Kawada

  • ©Kikuji Kawada

川田喜久治は、1956年の『週刊新潮』創刊からグラビア撮影を担当し、その後フリーランスとして60年以上写真を撮り続けています。敗戦という歴史の記憶を記号化し、メタファーに満ちた作品「地図」(1965年)や、天体気象現象と地上の出来事を混成した黙示録的な作品「ラスト・コスモロジー」(1996年)、都市に現れる現象をテーマにした「Last Things」(2016年)など、常に意欲的な作品を今なお発表し続けており、日本のみならず世界でも高い評価を受ける日本を代表する写真家の一人です。

 

川田喜久治はこの2年、毎日3点ほどの写真をインスタグラムにアップし続けています。それらの写真にコメントが書かれることはほとんどないまま、無言の「いいね」がつけられていくその様を、川田は「魔物」と表しています。インスタグラムをはじめ、ソーシャルメディアでアップされた写真は、タイムラインという特殊な空間に彷徨いますが、川田は日々撮影した写真をアップするとともに、プリントにしてまとめています。

本展では、これらのプリントから約50点を展示いたします。

光の反射に映る、歪んだもう一つの世界、水面や都市の中に不意に現れる異次元な「影」。食事や家族、旅行や日常の風景が溢れるタイムラインを何気なくスクロールする私たちの視界に、川田の写真は異質な空気を纏って不意に現れます。しかし、タイムライン上では異質に見えたこれらの写真は、作者の手で「プリントされた写真」となり、驚くほどの輪郭を持った現実を私たちに見せてくれます。

 インスタグラムに注目する。新しいコミュニケーションを秘めたこの方法も一度は試してみたかった。アップロードをはじめて二年、何の制約もない時間のプラットホームにたったが、声も出ないぐらい早く時間が過ぎていった。時折、見知らぬ蔭が音もなく目のまえをよぎる。

 

 季節や時代が落とす陰の不明には背筋が寒くなるし、現実か、夢かとおもえるような光景のなかを迷走してきた。そして、突然の同時性に唖然と立ち止まることもしばし。まぎれもない自分が翳のなかでイメージという誘拐事件に巻き込まれている。しかも、あのハート印の「いいね」を繰り返す見えない人たちの呪文のような声援は、日々の光の謎の奥へと探索をうながしてくる。

 

 冬に痩せた木々は光の微笑みをかりてまぼろしへと成長をつづけ、都市のガラス窓が吸い込む夏の光も過剰な影のなかで「そのイメージはあなたのカゲですよ」とささやく。雲や風の翳は色彩を捨てながら次元を変え、古くなった電線の波打つ陰もまた不協和音で地表を覆ってしまう。夜、カゲになった群衆は巧妙な擬態で名残りを唄いながらインベーダーとともに空に消えてゆく。

 

 いままで影身していた幾多の翳は顔をもたない道化師のように素早く現実と入れ変わって舞台に現れる。陰の正体に近づこうとする写真は翳のなかで終わりのない舞を舞い続けているのだ。誘拐犯のイメージというかげには潮時という終わりのときがないらしい。

 

川田喜久治

10, APR. 2019 Tokyo

川田 喜久治(かわだ  きくじ)

1933年茨城県に生まれる。 1955年立教大学経済学部卒業。『週刊新潮』の創刊(1956年)より、グラビア等の撮影を担当。1959年よりフリーランス。「VIVO」設立同人(1959〜61年)。主な個展に「ゼノン ラスト・コスモロジー」フォト・ギャラリー・インターナショナル [以下PGI](東京 1996年)、「カー・マニアック」PGI(東京 1998年)、「ユリイカ 全都市」PGI(東京 2001年)、「川田喜久治展 世界劇場」東京都写真美術館(東京 2003年)、「地図」PGI (東京 2004年12月-2005年2月)、「川田喜久治写真展 Eureka 全都市 Multigraph」東京工芸大学写大ギャラリー(東京 2005年)、「見えない都市」PGI(東京 2006年)、「川田喜久治展 ATLAS 1998-2006 全都市」エプサイト(東京 2006年)、「遠い場所の記憶:メモワール 1951-1966」PGI(東京 2008年)、「ワールズ・エンド World’s End 2008〜2010」PGI(東京 2010年)、「日光-寓話 Nikko-A Parable」PGI(東京 2011年)「2011-phenomena」PGI(東京 2012年)、「The Last Cosmology」Michael Hoppen Gallery(ロンドン 2014年)、「The Last Cosmology」L. PARKER STEPHENSON PHOTOGRAPHS(ニューヨーク 2014年)、「Last Things」PGI(東京 2016年)、「ロス・カプリチョス –インスタグラフィ- 2017」PGI(東京 2018年)、「百幻影 – 100 Illusions」キヤノンギャラリーS(東京 2018年)がある。グループ展多数。作品は東京国立近代美術館、東京都写真美術館、ニューヨーク近代美術館、サンフランシスコ近代美術館、テート・モダン、ボストン美術館などにコレクションされている。