高橋 宗正

糸をつむぐ

2020.2.12(水) - 3.23(月)
PGI

高橋 宗正

糸をつむぐ

2020.2.12(水) - 3.23(月)
PGI

  • ©Munemasa Takahashi

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「糸をつむぐ」は、作者の友人との車中での何気ない会話の記憶から生まれた作品です。

「水に浮くものを撮ったらいい」「それは具体的にはどんなものを撮ればいいの」「なんとなく思いついただけ」「そのうち撮ってみようかな」

会話のあとは続かず、これらの言葉は一旦は忘れ去られます。

 

高橋宗正は2011年から宮城県山元町にて津波に流された写真を持ち主の元に届ける「思い出サルベージ」プロジェクトに参加しています。また2012年からは、その中でもダメージが酷く廃棄されてしまいそうだった写真を捨ててしまうのではなく、離れた場所にいる人にも見てもらいコミュニケーションを生むことを目的として「Lost & Found project」を立ち上げ、各地で展示を開催してきました。

こうした活動の中で、高橋は大事な友人との出会いと、彼の自死による別れを経験します。

彼との会話は、膨大な家族写真、記念写真を修復する作業の中で、「写真家として」「作品として」写真を撮ることに疑問を抱いていた時期に交わされました。

 

作者はこれまで、自身の物語は一切語らず、情報や説明を排除した写真が鑑賞した人の中にどのように物語を生むのか、「写真と他者の認識」の構造を重視して作品を制作してきました。転じて前作「石をつむ」では友人の死と向き合った過程を、個人的かつ具体的な経験を写真に表現。見る人の記憶や経験に語りかけました。

 

本作「糸をつむぐ」では、 個人と生活、他者、風景、家族、記録、など、カメラが写し、写真に残されうる多岐にわたる被写体が登場します。

8×10インチの大判カメラに撮影の道具が変わったことで、被写体との向き合い方や表現にも変化がありました。被写体を選ぶ作者の視線は、以前よりも写真の持つ記録するという機能が存分に意識されているようです。そして被写体はとても丁寧に作者に見つめられています。

また、「水に浮くものとは結局なんだろうか」と考えながら被写体を探る中で、結婚、出産、子育て、という自身の生活が大きく変わる体験がありました。この体験によって、時間とともに忘却と追憶を繰り返しながら繋がっていく記憶、それと共に写真が未来に残されていくことの普遍的な意味を形にしようと試みています。

 

糸をつむぐ

高橋宗正

 

海沿いを走る車の中で「水に浮くもの」を撮ったらいいと友人は言った。

それは具体的に何を撮ればいいのか彼に聞いたのだけど、なんとなく思いついただけ、とのことだった。

「そのうち撮ってみようかな」と僕は答えた。

 

2011年、僕は山元町という小さな町で、津波に流された写真を洗浄して返却するボランティアに関わっていた。

そこには本当にたくさんの家族写真があった。旅行の思い出だったり、婚礼写真だったり、子供の成長記録だった。

75万枚の写真にはそれぞれの記憶があったはずだ。それらの写真は、水の中でゆっくりとバクテリアに侵食されていた。

 

彼とはそのボランティアをきっかけに知り合った。

津波の大きな被害にあった町で生まれ育った彼の言う「水に浮くもの」という言葉は、多くのものを想像させた。

 

その後も活動は続き、約45万枚が持ち主の元に返った。

同時にダメージが酷く、処分されてしまいそうな写真も多くあった。

僕と彼はLost & Found projectを立ち上げ、そういった行き場のない写真を被災地に来れない人たちに見てもらう活動を始めた。

 

一緒に展示をしようと声をかけてもらい、様々な国の色々な場所に行くことになった。

国籍や性別や世代に関わらず展示された写真を見る人は、

ダメージによって失われたイメージを自分の記憶で補完しながら写真と向き合っているようだった。

その間も「水に浮くもの」が頭の片隅にはあったけれど、何を撮ればいいのか思いつかず手を付けられずにいた。

それから1年ほどして、彼は死んでしまった。

そんなおかしいことはないと思った。そしてしばらくその約束は忘れていた。

 

それから何年か経ったある日、知人の安産祈願に山の上にある神社にお参りに行くことにした。

少し冷たい空気の中、階段をずっと登った山門の脇に大きな水瓶があり、表面張力のギリギリまで透明な水で満たされていた。

そこには賽銭が投げられていて、多くは水の底に青く見え、何枚かのコインは水面に浮いて銀色に光っていた。

その水面の光を見たとき、撮るタイミングが来たんだということがわかった。

 

「水に浮くもの」とは結局なんだろうか、と考えながら被写体を探してきた。

そうしているうちに結婚をすることになり、1年くらいすると子供が生まれた。

震災の時たくさん洗った家族写真を、今度は自分が撮ることになった。

結婚、出産、子育て。

新しい写真が加わるたびに、今まで撮ったものとくっついて全体の意味合いを少しずつ変えていった。

 

写真はいくつかの時間を跨いでいく、その中で忘れられたり思い出されたりしていく。

振り返るたび、繋がったり途切れたりして、物語が紡がれていく。

 

「水に浮くもの」をいつか撮ってみるよと答えたときには、まさか巡り巡って自分の子供を撮ることにつながっていくとは思いもしなかった。

そして今では8年前の彼の言葉も、これまでと違った意味で聞こえてくる。

高橋 宗正(たかはし  むねまさ)

東京を拠点とする1980年生まれの写真家です。

2001年に日本写真芸術専門学校を卒業し、2002年写真ユニットSABAにより写真新世紀優秀賞を受賞。2004年「hinterland」(art & riverbank 東京)を開催、2010年に初の写真集「スカイフィッシュ」を赤々舎から刊行し、同時に個展「スカイフィッシュ」をAKAAKAギャラリー(東京)にて開催。2011年より宮城県山元町で、東日本大震災における津波に流された写真を持ち主の元に届ける「思い出サルベージ」に副代表として参加。2012年からは「Lost & Found project」を立ち上げ世界中の12ヶ所で展示を開催してきました。そして2014年、「思い出サルベージ」と「Lost & Found project」での経験をまとめた「津波、写真、それから」を赤々舎より刊行。この本は同年のAnnouncing The Paris Photo–Aperture Foundation PhotoBook Awardsのカタログ部門にノミネートされました。2015年、震災以降ほとんどやってこなかった作品発表を再開し、デザイナーの塚原敬史と共に写真集レーベルVEROを立ち上げ5年ぶり2冊目の写真集「石をつむ」を出版。同個展を、PGI(2016年)、ベルギー・アントワープのIBASHOギャラリー(2017年)にて開催。3冊目の写真集「Birds on the Heads / Bodies in the Dark」をVEROより2016年に出版。

 

 

PGI Exhibitions

2016.3.10 4.28 石をつむ