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©Yoshihiko Ito
夏の終わり、まだ少し暑さの残る公園へ行った。天気が急変した。上空に黒雲が現れ、稲光と大きな音を立てて、雨が降り始めた。雷鳴が轟き、滝のように降りそそぐ雨は、公園から子供たちの声を奪った。雷鳴と雨音はますます大きくなり、公園じゅうにひびきわたり、ところどころに小川ができた。しかし、そんな大雨もいつの間にか小雨になり、止んだ。
「水たまりに入ってはいけません!」と声がした。
子供が水たまりで遊びはじめた。水たまりは陽の光を返し、周りの様子を映しだして水鏡となった。特に大きな鏡は、子供たちを惹き付ける。次々に近づいてきては、のぞき込んだり、石ころを投げてみたり、中に入ったりしながら楽しそうである。
「水たまりに入ってはいけません!!」と、一段高い声がした。
しかし、叫ぶ声のすき間をぬって、近づいてくる。そうして、遊びは陽が少し傾きかけるときまで続き、子供は鏡を持ち帰った。静まり始めた公園、鏡はいくらか小さくなり、輝いていた。 [作者の言葉より]
「ここは初めて来た所なのに“前に一度来たような気がする”と思うような事がある。すれ違う人や情景が、何時かと同じように感じるのだ。こんな日 は“何だか妙なものがくっついてしまったな”と思いながら歩き回る事になる。妙なものを携えて歩いていると、普段歩き回っているときよりも、景色の一つひとつが新鮮に見えたりするから、不思議である。そうして、ようやく三脚を立てる。止まる事を知らない相手を一瞬止め、言いようのない感覚を獲得する。触れる事の出来ないものを、触れる事のできるものに変えて、身近に置きたいと思う。」と作者は語っています。
「水のなか」は「パトローネ」シリーズの3作目となりますが、主に定点観察の方法で撮影し、日本古来の絵巻の特徴である時空間表現を参考にしなが ら、複数のプリントを裂き、貼り合わせて、再構成するモザイクの手法で制作しています。また、これらの作品は、従来のコラージュ手法とは異なる、作者独自の写真表現と言えるでしょう。今回は新作20余点を発表致します。
伊藤 義彦(いとう よしひこ)
1951年生まれ。東京綜合写真専門学校卒業。「The Shadow」展(西シェラン美術館、デンマーク 2005年)や「写真の現在2・サイトー場所と光景」展(東京国立近代美術館 2002年)、東京都写真美術館、原美術館をはじめとする国内外の多数のグループ展で作品が展示される。
近年の主な個展に「蓮の泡」P.G.I. (2004年)、「パトローネの中 ー観ること、観つづけること−」京都造形芸術大学 Gallery Raku(2002年)、「パトローネ」P.G.I.(2000年)、「影のなか」P.G.I.(1998年)、「Contact Print Stories」ローレンス・ミラー・ギャラリー(ニューヨーク 1992年)がある。
PGI Exhibitions
2017年 | 「箱のなか」 |
2010年 | 「時のなか」 |
2006年 | 「水のなか」 |
2004年 | 「蓮の泡」 |
2000年 |
「パトローネ」 |
1998年 |
「影のなか」 |
1996年 |
「風と蝸牛」 |
1994年 |
「観ること・観つづけること」 |