井津建郎
インド・祈りのこだまする地
2026.7.22(金) - 9.16(水)
*夏期休廊:8.8(土)-8.16(土)
PGI
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©Kenro Izu
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PGIでは、井津建郎作品展「インド・祈りのこだまする地」を開催いたします。
井津建郎は1971年、21歳のときに渡米し、以後約50年以上にわたり、祈りや人間の尊厳をテーマに発表を続けてきました。1979年に初めて訪れたエジプトで、人智を超えたものの存在に魅せられ、世界各地の聖地、石造遺跡や建造物の撮影を始めます。大判フィルムによる精緻な描写と、プラチナ・プリントによる豊かな階調によって、聖地に漂う濃密な空気感と尊さが見事に写し出されており、世界的に高い評価を得てきました。長い時間をかけて対象と向き合い、一枚一枚丁寧に写された井津の作品には、そこに流れる時間と気配が宿り、見るものの想像力を掻き立て、感情を揺さぶります。
本展「インド・祈りのこだまする地」は、〈聖地〉シリーズにおいて、その視線を「人間」へと向けた作品です。1996年に訪れたインドでの経験を機に一時撮影を中断した井津は、その後ブータンでの数年間にわたる撮影を経て、聖地とは建造物そのものではなく「人間が築き、守り続けてきたもの」であるという認識を深めていきます。
2008年、再びインドへと向かった井津の関心は、これまで追い続けてきた「祈りの場所(空間)」から「祈る人」そのものへと移ります。混沌と喧騒に包まれたインドの日常にあって、信仰は人々の生活に深く根付き、最も規律ある営みとして息づいています。人は祈る瞬間にだけ自我を委ね、謙虚になる。その姿に強く惹かれた井津は、激しい揺らぎの中にある静謐な時間を見つめ、5年間にわたり撮影を続けました。
今回展示する作品は、これまでの〈聖地〉シリーズと同様、14×20インチの超大型カメラで撮影されたネガから制作された密着プラチナ・プリントです。巨大な機材と対峙する人々が自然に見せる「内面の表情」や「覚悟」が、水彩画紙の質感とプラチナの深みのある階調によって、気品溢れるモノクローム作品へと昇華されています。本展では、人間の根源的な営みとしての「祈り」と、祈る行為そのものがもたらす心の平穏を静かに問いかける、密着プラチナ・プリント約20点を展示いたします。
1996年、 インド・ベナレス
その日午後、初めて人の火葬を見た。
インドのヒンズー教徒は、聖地ガンジス河辺で火葬されることを、生きている間中切望し続けるという。それは、次の生でより良い生へ転生するために、ガンジスが最も近い場所だからだという。
屍に布と花が施され運ばれてきてから、燃え残った身体の一部が親族の長老によってガンジス河に投げ込まれるまで3時間30分。親族一同が談笑しながら去ったあと、焼き場の老人が火葬場に残った灰を箒で掃くと、何も残らなかった。
同日夕方、焼き場の隣、ガンジスの水辺に傾きながらも残るヒンズー寺院の廃墟にて夕暮れを待つ。インドでは神聖とされる牛が一頭、ゆっくりと現れ、そして去る。川面には、時折小さな舟が流れていく。
日が沈み、残照が傾いた寺院をほのかに照らすころ、あの気配がやってきた。
背後の市場のざわめきが、ふっと遠のいた。
1996、1997年当時は荼毘の光景を見て、死に対する自分の姿勢が定まらず、インドの撮影は一旦休止して、他国の聖地を撮影してきた。それまでは、聖地の建物や空間を人を入れずに撮影をしてきたが、ブータンでの2003年から4年間の撮影を通して、聖地とは人間が築き、守り続けてきたものだと認識するようになった。インドでは改めて、聖地に生きる人々の撮影へと関心が移り、2008年から再びインドへ通いはじめた。
インドでは、信仰が人々の日常に根付いていることに驚かされた。登校途中の子どもが足を止めて祈りを捧げ、老人は朝晩食べ物や水を街角の小さな社に供える。無規則な運転、通行不可能にも思える交差点の混雑など、あの混沌としたインドにおいて、信仰とは最も規律正しい行為ではないか。そこに改めて興味を持ち、撮影はこれまでの祈りの場所から祈る人へと焦点を移していった。
改めて思ったのは祈る姿の美しさである。どんな人も、祈りの時だけは謙虚に自我を神に預けるのだろうか。自我がいかに美から遠いものであるかが見えてきた。インドの喧騒とカオスの中にも、祈りの場には静謐な時間があるようで、5年間の撮影を平穏な心で続けることができた。
また、この撮影を通じて「祈り」について考えるようになった。人間の祈りの対象は、古代の太陽や山や木といった自然物から、動物へ、そして時代と共に特定の宗教的「神」へと変わってきたようだ。人は、自分でコントロールできない状況に遭遇すると、祈り始める。それが神、仏であろうが創造主であろうが、人は自分より何かを変え得る力がそこにあると信じて祈る。自分が対峙する状況が改善されることを、また望みが叶うことを期待して。
ご利益を期待して祈る人がいる一方で、ただ神仏や創造主に帰依して祈る人もいる。祈る行為そのものが、心の平穏を得る方法であるかのように。人が祈る時、謙虚になる。私はそんな姿が何よりも好きで、長年、聖地を巡る旅を続けてきた。
大きなカメラとレンズで撮影すると、人々がそれに対峙するとき、自ずと現れる覚悟のようなものを感じた。それは、小型カメラで自然に撮影する時の人々の表情とは異なる内面の表情でもある。作品は、これまでの聖地の撮影と同様、14×20 インチフィルムを使用した密着プラチナ・プリント技法によるものである。
井津建郎 2026年5月28日
【トークイベント】
井津建郎 x 太田菜穂子(インディペンデント・キュレーター)
井津建郎作品展「インド・祈りのこだまする地」開催に合わせ、インディペンデント・キュレーターの太田菜穂子氏をお迎えし、トークイベントを開催します。
日 時:2026年7月25日(土)16時〜
会 場:PGI(東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F)
定 員:25名
参加費:¥2,000(税込)
当日は3F受付にて受付をしてください。
太田 菜穂子(インディペンデント・キュレーター)
東京生まれ。早稲田大学文学部美術史学専攻卒業後、英国ケンブリッジに留学し、ラファエロ前派絵画および英国黎明期の写真史を研究する。
1987年にKLEE INCを設立。以来、パリと東京を拠点に、国際的な文化交流事業の企画・プロデュースに携わる。
これまでに、海外における日本人写真家の活動支援や展覧会のコーディネーションをはじめ、フランス国立図書館による日本人写真家作品の収蔵事業などに関わるなど、日本写真の国際的な紹介と普及に長年携わっている。
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当日のキャンセルはご返金できませんのでご了承ください。
大阪府生まれ。日本大学芸術学部に学んだ後渡米。以来50年以上にわたりニューヨークを拠点に作品制作と発表を続ける。2021年に帰国し、現在は金沢を拠点に活動。
30年以上にわたり、エジプトをはじめヨーロッパ、中東、アジア各地の石造遺跡や聖地を14×20インチの超大型カメラで撮影し、プラチナ・プリントによる作品を発表してきた。
2008年からは、インドの聖地に生きる人々に焦点を当てた撮影に取り組む。
また2018年より、日本古来の美意識を探求する《もののあはれの美》三部作「幽玄」「侘び」「寂び」に着手。日本を舞台に、日本文化の根底に流れる精神性と美の本質を見つめる作品制作を現在も継続している。
作品はメトロポリタン美術館(New York) 、Arthur M. Sackler Gallery (Washington D.C.)、ボストン美術館(Boston)、清里フォトアートミュージアムなど数多くの美術館に収蔵されている。
作品集は「Seduction」(2017年)、「Eternal Light」(2018年)、「Requiem」(2020年)、「Fuzhou -the forgotten land」(2021年)、「Impermanence」(2022年)、「Mono no Aware・Beauty of Impermanence」(2025年)などこれまで19冊の写真集を出版。