川田喜久治

ロス・カプリチョス 遠近

2022.6.29(水) - 8.10(水)
PGI

川田喜久治

ロス・カプリチョス 遠近

2022.6.29(水) - 8.10(水)
PGI

  • ©Kikuji Kawada

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2022.10.14

東京都写真美術館 学芸員、伊藤貴弘氏による写真展評をアップしました。

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 川田喜久治は、1956年の『週刊新潮』創刊からグラビア撮影を担当し、その後フリーランスとして60年以上写真を撮り続けてきました。敗戦という歴史の記憶を記号化し、メタファーに満ちた作品「地図」(1965年)や、天体気象現象と地上の出来事を混成した黙示録的な作品「ラスト・コスモロジー」(1996年) などは、代表作と言えるでしょう。

 1990年代終わり頃より、デジタルでの作品制作も意欲的に行い、「カー・マニアック」(1998年)を皮切りに、都市に現れる現象をテーマに「見えない都市」(2006年)、「2011– phenomena」(2012年)、「ロス・カプリチョス-インスタグラフィー2017」と継続して作品を発表、2017年にはインスタグラムのアカウントを開設し、毎日1点から数点の作品をアップし続けています。作品は、日本のみならず世界でも高い評価を受ける日本を代表する写真家の一人で、国内外問わず、多くの美術館に作品が収蔵されています。

「ロス・カプリチョス」シリーズは、1972年に『カメラ毎日』での連載を皮切りに写真雑誌で散発的に発表され、1986年にはフォト・ギャラリー・インターナショナル(現PGI)で個展を開催しました。その後1998年に「ラスト・コスモロジー」、「カー・マニアック」と共に、カタストロフ三部作の一つとして写真集『世界劇場』にまとめられたものの、「ロス・カプリチョス」として写真集にまとめられたことはありませんでした。

 

 本展「ロス・カプリチョス 遠近」は、「ロス・カプリチョス –インスタグラフィ– 2017」(2017年)同様、1960年代に撮影された作品も含まれますが、特にヨーロッパで撮影され、後に作品「聖なる世界」(1971年)にも見られる作品が、水と世界を象徴するイメージとして登場いたします。「ラスト・コスモロジー」(1996年)に顕著に見られる空への写真的渇望は、「空から」として、アルフレッド・スティーグリッツのEquivalentsを彷彿とさせる様々な雲の表情に、現代の都市の様相を表象させました。パンデミック下の東京を撮影した作品では、視界を覆うような植物や、行き交う人々の佇まいを撮り、刻一刻と変化する現代の張り詰めたカタルシスを捉えています。「この時、この場所」を俯瞰して捉えようとする姿勢は、時代と場所を自在に行き来して編まれた本作「ロス・カプリチョス 遠近」においても変わらず、パンデミック下でも止まることなく都市に刻まれる時を写し出しました。

 

 

 

ロス・カプリチョス 遠近|Los Caprichos, Near Far

川田喜久治|Kikuji Kawada

 

 はるか遠くで始まったシリーズLos Caprichosは近くの見えない都市の日々を行き来しているが、町を走る数条の道は何処に向かっているのか、夕陽の落ちた黒く深い空へ続いているようにも見えるのだ。

 フォトジェニックなイメージを異化することと未視の色彩を浮かび上がらせることはほとんど時代錯誤であろう。メビウスの輪のように反転する迷路、裏返しの回路に入った自覚さえチャンスを与えてくれない。隠れた都市の面影はふたたび悪魔の爪に荒らされ灰色一色の光景に変わっている。

 微風が流れ、黒い空から黄金色の薄い紙が舞い降りてくる。春に赤と黄の可憐な花を見せのち強靱な紙に変わった三椏の純和紙である。新しいインクと絡んだ感情は郷愁の色彩と不穏な声を隠れた都市の迷路からすくい上げてくれた。

 クロニクルな世界時を変転するヴィールス、遊園地の驚愕コークスクリューと噴水が謎のカタストロフを笑っている。軌道のネジレにさまよい、夢のなかで消えるリアルな一瞬を追いかけるシャッター音が近くに聞こえてくる。

 

May 6, 2022 Tokyo

 

 

 

[新刊写真集]

Vortex」 川田喜久治

上製本/A5判/本文544頁/日英/ブックデザイン|町口景/発行|赤々舎

¥8,800(税込)

 

龍雲からのびたながい手が無言で亡骸を拾っている。
若さと老齢のさまざまな段階で失った面影を。
やがて深海の渦へと巻き込まれていった。
──川田喜久治

 

 

川田喜久治(かわだ  きくじ)

1933年茨城県に生まれる。 1955年立教大学経済学部卒業。『週刊新潮』の創刊(1956年)より、グラビア等の撮影を担当。1959年よりフリーランス。「VIVO」設立同人(1959〜61年)。主な個展に「川田喜久治展 世界劇場」東京都写真美術館(東京 2003年)、「地図」PGI (東京2004年12月-2005年2月)、「川田喜久治写真展 Eureka 全都市 Multigraph」東京工芸大学写大ギャラリー(東京2005年)、「見えない都市」PGI(東京2006年)、「川田喜久治展 ATLAS 1998-2006 全都市」エプサイト(東京2006年)、「遠い場所の記憶:メモワール 1951-1966」PGI(東京2008年)、「ワールズ・エンド World’s End 2008〜2010」PGI(東京2010年)、「日光-寓話 Nikko-A Parable」PGI(東京2011年)「2011-phenomena」PGI(東京2012年)、「The Last Cosmology」Michael Hoppen Gallery(ロンドン2014年)、「The Last Cosmology」L. PARKER STEPHENSON PHOTOGRAPHS(ニューヨーク2014年)、「Last Things」PGI(東京2016年)がある。グループ展多数。作品は東京国立近代美術館、東京都写真美術館、ニューヨーク近代美術館、サンフランシスコ近代美術館、テート・モダンなどにコレクションされている。